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また認知症高齢者の場合、狭義には「認知症の原因疾患により回復が期待できない嚥下困難か不可
こうした状態でも胃瘻による経管栄養を行えば延命は可能ですが、高齢者自らが自分の生命を維持できなくなった状態にあるという意味で終末期とみてよいでしょう。 しかし、高齢者の終末期の判断は決して容易ではありません。
しかし、医療が専門化し高度化している中で、高齢者自身が医師の説明で疾患と医療を理解して意思を決め、それを伝えることは容易ではないでしょう。 さらに日本ではまだ患者と医師は対等の関係にありません。
しかし、認知症高齢者の場合はこの判断が不可能に近い。認知症高齢者自身に説明を試みても、持続的な意思確認をできないことが多く見受けられるからだ。この場合、当事者の家族が意思を決めなければなりません。意識障害のある高齢者についても同様なのです。
「死にたい」の背景に、疾患が治る見込みもなく障害を残して不自由な身体で日々家族に迷惑をかけたくないとの思いがあるかもしれません。 時に「死にたい」は、“できれば生きたい”という思いの表れかもしれないのです。
終末期医療は高齢者が中心とはいえ、家族も無関係ではありません。ですから、高齢者の終末期医療は家族の意思も考慮しなければならなりません。 また認知症や意識障害で高齢者に代わるものとして家族の意思があります。 家族はできることなら高齢者の疾患が治ってほしい、あるいは意識障害があっても治癒が見込めなくても延命医療を続けてほしいと願うこともあるでしょう。
反対に、長生きしてほしいという気持ちと人工的な延命医療はほどほどに、本人の希望に添って看取ってあげたいという気持ちが交錯しているかも知れない。
高齢者の終末期介護が在宅や介護施設でも行われており、特別養護老人ホームやグループホームでも終末期介護の取り組みが広がりつつあります。
介護職は医師の判断や説明をもとにしながら、自らの終末期の考え方、終末期介護のあり方に検討を加え、介護チームとして意思を共有する。 さらには高齢者の心身の状態の把握し、家族の意思も確認しながら、共同作業としての終末期の介護に関わることが望まれるだろう。
このブログ記事を参照しているブログ一覧: 認知症高齢者の“終末期ケア”~後編~
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