認知症高齢者の“終末期ケア”
           
終末期ケアで考えること        
~終末期の判断~
認知症   高齢者の終末期医療を決めるに際して、高齢者が終末期であるかどうかという判断をしなければなりません。終末期とは、がんの場合は治療効果が期待できず、余命がおおよそ6カ月にある時期とされます。
高齢者の場合で、がん以外の疾患や老化に伴う場合「終末期とは、積極的な医療がないと生命の維持が不可能であり、またその医療を必要としなくなる状態には回復する見込みがない状態の時期」と三宅さんは定義している。

また認知症高齢者の場合、狭義には「認知症の原因疾患により回復が期待できない嚥下困難か不可

 
能な状態の時期」とし、広義には、狭義の終末期または「認知症の以外の身体疾患が終末期にある状態の時期」を併せたものと考えている。

こうした状態でも胃瘻による経管栄養を行えば延命は可能ですが、高齢者自らが自分の生命を維持できなくなった状態にあるという意味で終末期とみてよいでしょう。
しかし、高齢者の終末期の判断は決して容易ではありません。

 
がんの場合は容易ではないかも知れませんが、脳梗塞を繰り返している高齢者、嚥下性肺炎を繰り返している高齢者、心筋梗塞の再発を繰り返す高齢者の場合でも治療を試みてみないことには終末期だと判断できない。
注意しなければならないのは「もう歳だから」と年齢だけで終末期と決めてしまうこと。高齢者の積極的な治療は無駄だといった高齢者差別観が背景にある可能性も注意したいところです。
高齢者であればこそ、終末期医療での終末期の判断は、治療を試みながら慎重に判断しなければならない。
終末期の判断
     
~高齢者の意思~    
終末期ケア 終末期医療の中心は患者であり、高齢者です。この高齢者の意思、すなわち高齢者の「自己決定権」に基づいた医療を行わなければなりません。
高齢者に、疾患・治療方法・治療による利益と不利益などをわかりやすく説明し、高齢者自身が判断できるようにします。

しかし、医療が専門化し高度化している中で、高齢者自身が医師の説明で疾患と医療を理解して意思を決め、それを伝えることは容易ではないでしょう。
さらに日本ではまだ患者と医師は対等の関係にありません。

 
医療の中心であるはずの患者が弱い立場に置かれている。こうしたことを踏まえた上で、医師は患者が理解し、判断し、自己決定できるようにわかりやすく、時間をかけて説明して選択してもらうように心がけたいものです。

しかし、認知症高齢者の場合はこの判断が不可能に近い。認知症高齢者自身に説明を試みても、持続的な意思確認をできないことが多く見受けられるからだ。この場合、当事者の家族が意思を決めなければなりません。意識障害のある高齢者についても同様なのです。

高齢者介護
 
認知症ケア また、高齢者の意思の解釈も容易ではありません。高齢者が「死にたい」「これ以上長生きしたくない」と訴える場合で、その訴えを尊重するにしても、そのまま受け入れてよいかどうかは慎重でなければならないでしょう。

「死にたい」の背景に、疾患が治る見込みもなく障害を残して不自由な身体で日々家族に迷惑をかけたくないとの思いがあるかもしれません。
時に「死にたい」は、“できれば生きたい”という思いの表れかもしれないのです。

 
 
~家族の意思~

終末期医療は高齢者が中心とはいえ、家族も無関係ではありません。ですから、高齢者の終末期医療は家族の意思も考慮しなければならなりません。
また認知症や意識障害で高齢者に代わるものとして家族の意思があります。
家族はできることなら高齢者の疾患が治ってほしい、あるいは意識障害があっても治癒が見込めなくても延命医療を続けてほしいと願うこともあるでしょう。

反対に、長生きしてほしいという気持ちと人工的な延命医療はほどほどに、本人の希望に添って看取ってあげたいという気持ちが交錯しているかも知れない。

介護職員
   
高齢者の終末期と介護
認知症と介護

高齢者の終末期介護が在宅や介護施設でも行われており、特別養護老人ホームやグループホームでも終末期介護の取り組みが広がりつつあります。

介護職は医師の判断や説明をもとにしながら、自らの終末期の考え方、終末期介護のあり方に検討を加え、介護チームとして意思を共有する。
さらには高齢者の心身の状態の把握し、家族の意思も確認しながら、共同作業としての終末期の介護に関わることが望まれるだろう。

 

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