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| 気になるのは世間の“理解のなさ”である。 それが「社会的な評価の低さ」にも繋がり、結局は賃金の安さにも反映しているのかもしれない。 もちろん、介護職そのものの歴史が浅いという条件はある。また、不正請求などの問題も起き、理解を阻む要因になったことも事実だろう。 |
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お年寄りの両親を持つ世代から「うちの両親は、人のお世話になるのが嫌いだから」とか「他人に家に入られるのを嫌がるから」とよく聞く。 そして結論は「やっぱり、息子や娘が面倒みなくちゃ」に到達する傾向も少なくない。時代が時代だったら「子の鑑」として表彰される姿勢である。そうでなくても介護保険料は払わされるのだから、介護保険準備基金という介護に使い切れなかった積み立て金は増えていくばかりになってしまう。 それは意地悪すぎるとしても、相手が介護関係者ではなく医師や看護師だったら、「人のお世話」とか「家に入られる」という発想にはならないだろう。 |
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| 介護とは「お年寄りのお世話」であり、とりわけ在宅介護は、息子や娘でも代替できるものだという考えが根底に染みついている。 確かに、「介護の現場」の目的は「お年寄りのお世話」と言えなくもない。そのために体力だけでなく知恵も使いきり、必ずしも「笑顔で感謝」とならない場合もある。それが1年365日続くのだ。 しかも、そのお年寄りは「赤の他人」である。 実は、この「赤の他人」というのが大きい。例外はあるとしても、実の親子関係では介護が長く続くと、肉体的、精神的な負担に「耐える」になってしまうことが |
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| 多い。あるいは、親子であるがための甘えから、関係がギクシャクしてしまうこともある。何よりも両親の「老い」の現実を、息子や娘として受け入れ、認めるのは難しい。 理解しているつもりでも、両親の「老い」に直面すると冷静ではいられないケースが多い。 |
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対して「介護の現場」は、そのお年寄りの現状にあわせた介護プランを考えるケアマネージャーと、実際の介護に当たる介護福祉士、 ホームヘルパーのチームで対応する。
もちろん、家族の意向は尊重されるが、「赤の他人」だからこそ冷静で甘えもない。 また、介護に当たる家族の負担軽減も介護プランの構成要素になる。 そう考えると、「介護の現場」の目的は「お世話」だけでなく、それによって【お年寄りが安心して暮らす】ことにあると理解できる。そのためのプロ集団が「介護の現場」であり、息子や娘で代替できるものではない。 テレビ等のメディアで報道することは必要である。 |
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介護の仕事は誰にでもできる安易な仕事ではない。サービス対象者(お年寄り)の目線に合わせた人間力が問われる仕事であり、精神的にも体力的にも負担の大きい職種である。
その仕事内容に報いる報酬として、現状の賃金が十分かどうかだろう。 |
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| 介護の仕事の紹介には、“賃金の安さ”を「他の仕事や職種との比較」で証明する傾向が強い。 よく聞いたり見たりする「△△業界の初任給が○万円に対し、介護業界では□万円」というパターンである。たしかに、わかりやすいし事実だろう。 施設での介護職の場合、初任給は13万円から18万円くらいである。ただ、地域や介護事業者によって違いはあるし、訪問介護にいたっては、時給1000円に届かないケースもないわけでもない。 |
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それでも「比較」には疑問が残る。 もともと賃金は「上を見てもキリがない、下も見てもキリがない」うえ、「高い・安い」も地域や年齢や生活条件などによる主観の違いで左右される。結局のところ、賃金だけを比較しても意味はない。 比較するならば、その仕事内容に報いる報酬として十分かどうかだろう。なにも金融や証券の仕事をいうわけではないが、「人の財産を預る仕事」の高給と「人の生死にかかわる仕事」の賃金を比べれば「とてつもなく安い!」と感じてしまう。 |
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| 例えば、訪問介護の生活援助サービスとしよう。単純に考えれば「定められた時間に訪問し、決められた生活援助サービスを行う」だけある。 ところが、実際の現場では大違いである。まず「定められた時間」だが、例外処理の連続に等しい。「10時に訪問」と定められても、「親戚が来る」 とか「用事ができた」などの変更は日常茶飯事である。 また「決められた生活援助」にしても、「薬の服用」や「食事の量」「水分補給」など把握すべき項目も 多いし、ヘルパーさんの情報によって日々それが変化していく(事業所によって違います)。 |
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| まして身体介護ともなれば、ベッドや車イスからの移動や入浴などに体力も使う。しかも、排泄の世話や着替え、時には徘徊の対処まで介護の範疇になる(事業所によって異なる場合もあります)。 施設ならば、お年寄り相互の関係への配慮も欠かせないのだ。 |
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見逃してならないのは、お年寄りの誰もが「笑って受け入れる」わけではない点である。ヘルパーさんを「気に入らない」というお年寄りもいるし、攻撃的になったり、当たりちらすケースも少なくはない。 それが「介護の現場」なのだ。 大学・専門学校で福祉学科を専攻している人間でも、実習等で現場を目の当たりにし、「自分にはできない」という正直な意見も多いところである。 |
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| 雇用情勢の悪化に伴って新聞やテレビ等のメディアで報じられる機会も多くなり、介護に注目が集まっている。慢性的な人手不足に悩む「介護現場」の改善に繋がるのなら、「結果が良ければそれでいい」になってしまうのかも知れない。 しかし、このままでは介護業界が持つ問題の本質的な解決に結びつかないし、表面上の理由だけで介護現場を雇用の切り札と言い切る報道内容にも疑問点が残る。 そこで、ダベリバ特集では4つのテーマに別けて「なぜ人手不足なのか?」を徹底的に掘り下げて問題を |
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| 追求していきたいと思う。最初のテーマは、「介護現場の賃金事情」について。 | ||||
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ほとんどの報道では、人手不足の原因を「賃金の安さ」として嘆き、「介護は人のためになる仕事」的な精神論を対置している。 確かに、介護に携わる方々の賃金は安い・・・。 それもとてつもなく安い!長く業界に携わっている身の立場からすると、正直なところ「何をいまさら」といった感覚に近い。 しかし、「どうして安いのか?」について言及する報道はごく稀である。せいぜい「これではいけない」でまとめるか、「介護報酬も引き上げられた」と評論するだけで終わってしまう。 |
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| そもそも4月から実施された「介護報酬3%引き上げ」にしても、介護保険制度がスタートして実に“はじめて”のことなのだ。 これまで、2003年に 2.3%、2006年に2.4%と引き下げられ、介護報酬は合計4.7%のマイナスである。3%の引き上げを加えても、当初から1.7%も引き下がられている計算になってしまう。 この介護報酬は、介護事業者にとって原資である。それがマイナスなのだから、どう考えても賃金が上げるわけがない。それでも「3%上がるのだから賃金も」という意見もある。しかし、介護現場では「それは難しい」という声が圧倒的に多いのが実情だ。 今の介護保険制度では、介護サービスそれぞれに細かく介護報酬が定められ、その約10%は自己負担である。その自己負担が報酬引き上げにともに値上げされれば、「お金がないから、そのサービスはいらない」となる心配があるという。 |
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そんな「介護現場」に触れないまま 「(3%引き上げで)介護職員の賃金は平均月2万円増える(新聞各紙)」という政府の見込みを、そのまま伝えるのは「介護の仕事」の紹介としても不十分だろう。 もちろん「介護報酬3%引き上げ」に反対ではない。しかし、介護職員の賃金を根本から改善するには、介護保険制度の10%自己負担がどうしてもネックになる。雇用の受け皿として考えても、それは決してプラス要素にはならないとダベリバ編集部では考えている。 |
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